2006年02月28日
思い

思い
実家の愛犬が天に召されてどれだけ悲しんだろう。じーちゃん・ばーちゃんとの別れのときは、中学生で自分に素直でなかったのかな。自分の感情を表現するのは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、感情を押し殺していた自分はなんてちっぽけな人間だったんだろう。なんてことを1日考えていた。
悲しみの深さは相手をどれだけ思っていたかというものさしだけでなく、相手がどれだけ自分を思ってくれていたのかもわかるものなのだろうか。そして相手が、自分という存在を示す最後の手段が、生きている相手に対して与える悲しみの気持ちなのかな。『こんなに悲しい気持ちはもうたくさんだよ。』なんて、もう思わない。だって悲しみが続くということは、愛犬が存在を示してくれているのだから。悲しみの感情がある限り、お前は俺の中でずっと生きていて実家に帰るたびに飛びついて迎えてくれるんだろうね。今度帰ったときには、お前がよく遊んでた軟式野球ボール絶対見つけてやるからな。
あとすこし
友人がBMXを始めるまであと少し?!いやいや、あせらせてはいかんぞ。とりあえず、良いイメージを持たせてあげよう。バニーホップにはまってきたから、もうひと押し。あせりは禁物です。ペダルで脛が血まみれなんて、口が裂けても言えません。
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